EC事業部

スポーツアカデミー

舞の海 秀平舞の海 秀平

NHK大相撲解説者・スポーツキャスター
日大相撲部で活躍。山形県の高校教師の内定が決まっていたにもかかわらず、周囲の反対を押し切って夢であった大相撲入りを決意。新弟子検査基準(当時)の 身長に足りなかったため頭にシリコンを入れて新弟子検査に合格。1990年5月、大相撲出羽海部屋入門。同月、初土俵(幕下付出し)。1991年3月、十 両(四股名:舞の海)に昇進し、同年9月幕内入りを果たす。角界最小の身体ながら、「猫だまし」、「八艘飛び」などファンを驚かせる数々の技をくりだし、 “技のデパート”の異名をとる。1999年11月の引退までに、技能賞を5回受賞。2000年、2001年には帝京大学非常勤講師も務める。現在はNHK 大相撲解説者などをつとめるほか、テレビ・スポーツキャスターとして幅広く活躍中。

◎最高位:小結
◎三賞:技能賞5回受賞
◎生涯通産成績:385勝418敗27休
◎幕内通産成績:241勝287敗12休
◎得意技:左四つ・下手投げ

 

立花 龍司立花 龍司

コンディショニングディレクター
浪商、大商大で野球部の投手を務める。その後天理大学体育学部でスポーツ医学を専攻。高校時代に肩を壊し、大学三年でプレイ続行を断念するが「日本の野球 界を変えるために指導者になりたい」という思いのもと、まだコンディショニングコーチという言葉さえ存在しなかった時代にその道をひた走ることになる。 89年コンディショニングコーチとして近鉄に入団後、故障者が激減するという実績を積むごとに多くの選手から信頼を集めてきた。94~96年はロッテ、 97年1月にメジャーリーグのNYメッツコーチ契約(日本人初のメジャーリーグコーチ)。同年オフに帰国、ロッテと再契約。2000年10月末ロッテ退 団、2001年4月より大阪府堺市・阪堺病院SCA(ストレングス&コンディショニング アカデミー)での活動を中心に、講演・各メディア出演により野球を中心とした幅広い層へコンディショニングの重要性を普及活動を始める。 現在、筑波大学大学院にてスポーツ医学の研究にも携わっている。 2006年度より、東北楽天ゴールデンイーグルスコンディショニングディレクターに就任。 同年オフ退団。2007年度からは、千葉ロッテマリーンズコンディショニングディレクターに就任。2009年度退団。 注:コンディショニングディレクター = チームの体力的要素に関する統括部門の管理職。

立花 龍司 実績写真

上原 浩治

上原 浩治

メジャーリーグ プロ野球選手
言わずと知れた日本のエース!!
東海大仰星高校時代は外野手兼投手。 1浪して大阪体育大学に入学する。大学時代は投手に専念し、頭角を現す。大学3年時に日本代表に選ばれ、1997年のインターコンチネンタルカップ決勝で は、当時国際大会151連勝中だったキューバ相手に先発し、勝利投手となる。様々な賞を受賞し、1998年、ドラフト1位で読売ジャイアンツに入団する。 新人1年目に20勝4敗の好成績を残し、最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率、の投手主要4部門を制し、史上10人目、新人としては史上3人目の 投手4冠を達成し、新人王と沢村賞を受賞する。2004年にアテネオリンピック日本代表に選ばれ銅メダル。2006年にはWBC日本代表に選ばれ、崖っぷ ちの韓国戦に登板し勝利投手となり、優勝に貢献する。2007年には故障による出遅れから、抑えとして1軍に合流するものの球団新記録となる32セーブを あげた。2008年は不調が続いたが後半復活し、大逆転の優勝劇に貢献する。2008年の11月にFA宣言でメジャー挑戦を表明し、1月14日ボルティモ アオリオールズと契約を交わし、メジャーリーガー上原浩治が誕生した。

上原 浩治 実績写真

大畑 大介

大畑 大介

ラグビー日本代表/ 神戸製鋼コベルコスティーラーズ
「ニッポン・ラグビー」が世界に誇る快足ウィング。
小学校3年からラグビーを始め、東海大仰星高時代には高校日本代表に選出される。京都産業大でも学生日本代表として活躍、1999年に神戸製鋼入社。その 間、日本代表としてもワールドカップに出場するなど日本のトライゲッター、エースとして活躍し、世界にその決定力を印象づけた。 2001年には世界への飛翔を見据えて、オーストラリアのノーザンサバーブ・クラブでプレー。2003年にはフランス・モンフェランに入団を果たす。 2003~2004年シーズンからはラグビートップリーグの神戸製鋼コベルコスティーラーズにプロ選手として所属。日本代表キャプテン。日本ラグビーの顔 であり、世界との厚い壁に挑む日本代表の牽引車。2006年5月には、代表試合トライ数世界新記録を樹立。2009~2010年は神戸製鋼コベルコス ティーラーズキャプテンに就任

大畑 大介 実績写真

柳本 晶一

柳本 晶一

アテネ・北京オリンピック
バレーボール全日本女子チーム監督
元 バレーボール全日本男子代表
1951年、大阪府生まれ。現役時代は、全日本男子代表として、セッターとして活躍。また、実業団チーム・新日本鐵では、選手兼任監督も務めた。1991 年に現役引退後は、選任監督となる。Vリーグ女子・東洋紡オーキスの監督を経て、2003年、全日本女子チームの監督へ就任。吉原知子をキャプテンへ復帰 させ、大山加奈、栗原恵などの若手選手の育成に力を注ぐなど、その手腕に注目が集まった。低迷していた全日本女子チームをアテネ、北京の2つのオリンピッ クへ導き、全日本女子バレー復活請負人とも呼ばれた。講演では、選手を育て、オリンピックへ導いたその指導哲学を語る。

経 歴
1951年 6月5日、大阪府大阪市生まれ
1970年 大阪商業大学附属高等学校卒業後、帝人三原へ入社。第2回実業団リーグ出場。
1971年 10月、新日本製鐵へ入社。第3回実業団リーグ出場。第3回実業団リーグ出場。
1976年 バレーボール全日本男子代表として、モントリオールオリンピックで4位入賞
1980年 新日本製鐵で兼任監督を務める
1991年 現役引退。新日本製鐵で選任監督を務める
1997年 Vリーグ女子・東洋紡オーキス監督に就任
2003年 2月、全日本女子チーム監督に就任
2008年 全日本女子チーム監督を退任

【講演テーマ】
「人生、負け勝ち」
人は勝っているとき、必ず「負けの芽」を育んでいる。そして負けの中には次へつながる「勝ちの芽」がある。勝ちは負けの隣にある。才能をいかに引き出す か、苦境でいかに我慢させるか。低迷を続けた日本女子バレーを復活させ、アテネ・北京五輪へと導いた名伯楽の指導哲学とは?
<その他講演テーマ>
「ここ一番で力を発揮するには」
「ほめ方の極意」
主な著書
・『人生、負け勝ち』 (共著/幻冬舎)
・『力を引き出す―どん底から個人と組織を甦らせる』 (PHP研究所)